コメンテーターのひと言
yellow rose10

このところの三浦氏の事件報道でどうしてもひっかかっていることがあります。メディア、とくにTVの姿勢について日ごろ思うことはありすぎるほどだけど物事には功罪両面あるからだいたい静観して終わっているわけです。
三浦氏の事件だって別に無視して暮らしていればまったく問題ないのだけど、奥歯に挟まった異物みたいに気になって・・・。そこで追記を書いてみることにしました。

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テレビのコメンテーターがつい先日「付き合ってみると三浦氏は本当にやさしい人だ」と言っていました。

それは彼の一面ではあるかも知れないけれど、絶対に彼の本質ではない!! と思う私は、そのコメントにとても納得しがたい思いがしました。真っ先にご両親の気持ちを思いました。TVという場で言うにふさわしいのか?と。
一美さん殺人依頼の件では容疑を認め服役した彼が、その後の殺害は否定している。彼にとっては好都合の事件の、それは真か儀かの最中です。事件当時だったら顔を出しては言えないコメントではないかとも思えます。

もし、真犯人が分かっていて心から罪を懺悔して、それを一美さんのご両親が理解されたのなら、苦しみを突き抜けた先、長い月日の末に救いを、ご両親が見出だしたのかもしれないと、外側から見る私には思えたかもしれません。そういう例もあるでしょう。

でも未だ真実さえ明らかにされていない今、ご両親の心中は察するに余りあります。子を想う親の心情は幾つになっても衰えることはありません。娘さんが倒れたことを知ったその瞬間から想いは断ち切られたまま、時は止まったまま、悲しみも怒りも苦しみもどこへも収めるところがないままで、生きておられるのではないかと思うのです。

殺人事件において彼はまだ容疑者ではありますがしかし、殴打事件では犯人でもあった人物です。そういう人物についてコメントするとき、被害者の親族の心情を思いやったならば、生傷を逆撫でするような、そんなコメントを出せるでしょうか。

さらにこの事件を知らない若い人たちはこのコメントをどう受け取るでしょう。

 あー、そうなんだ。いい人だっていう人もけっこういるじゃないか… でしょうか。
 また冤罪事件かも知れないな。… でしょうか。

仮に意図して作られたコメントだとしても、よほどの興味や関心がない限り私たちは受け取った情報を吟味しようなどとは思わずそのまま記憶します。
コメントするならば三浦氏に対する自分の気持ちはさておき、それらの物事の側面にも配慮したコメントをしてほしいと、強く思った瞬間でした。




  
コメント
★チュン太郎さんへ★
こんばんは。こちらこそです。

「付き合ってみると・・・」にひっかかってしまった私です。
その人は記事を書くために(三浦氏と)長く付き合って、いろんな場面に遭遇するうち、この人のやさしい一面を見た。それをTVで言ったというわけです。

目にするのも耳にするのも嫌な事件です。決定的な証拠を掴んでいるロス市警に期待します。
---------- まめゆり. URL│03/02. 03:33 [ 編集 ] -----
★瞬さんへ★
ご訪問とコメントをありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。

報道されるのさえ嫌な事件です。きっと最高裁の判決の後味の悪さがそういう印象を与えたのでしょう。
科学で真実が解明されることを望みます。
---------- まめゆり. URL│03/01. 23:55 [ 編集 ] -----
こんばんは
いつも、ありがとうございます。
三浦の件では、ここのところ力が入ってますね。

それにしても、嫌な事件です。
忘れた頃、何故かぶり返されます。
「付き合ってみると・・・」というのも、どういった付き合いをしたんですかね?
まともな神経なら、今の状況下で言えるコメントじゃないです。

早く、終わって欲しい事件です。

また、よろしく。
---------- チュン太郎. URL│03/01. 21:31 [ 編集 ] -----
No title
さとしさんの所から参りました。

同じコメンテータでは無いかもしれませんが、私も似た趣旨の発言をテレビで見ました。
ちょっと引っかかったのを覚えています。
いくら時が経っているからといって、被害者やその家族の気持ちが和らぐはずはありませんよね。
遺族の心情を逆撫でしてると言われても仕方ないと思いました。
まめゆりさんのコメントを読んで、考えさせられました。
---------- 瞬. URL│03/01. 08:04 [ 編集 ] -----

命あるものは皆、使命を持って生まれてきていて、家族も友人もそれぞれにめぐり合うべく定められた存在なのだと思います。
ならば不幸に遭う人々はどんな定め、どんな使命を与えられているのか。目にするもろもろの不条理な出来事に、神がいるのなら何のためにそうされるのかと思います。凡人の私には考え及びもつかないことですが。

今日の自分にできることは、せめてより善く生きること。生かされている感謝を忘れないこと。

でも凡人ゆえ、ときに感謝を忘れて不平をもらし、欲してはならぬものを欲するのです。そして今日もまた欲してきました。ク・ル・マをね・・・。その続きはいずれ。
---------- まめゆり. URL│02/29. 00:00 [ 編集 ] -----

かなり重い事件のコメントにコメンテーターの主観を入れるのはあまりにも軽率な判断だと私も思います。それがコメンテーターの判断なのか、プロデューサーからの指示なのか私には知る由もありませんが。

でも、心無い発言から何かを感じてくれるたくましい若者がたくさんいてくれたら良いですね。たよりない大人には任せてはおけないと、力強く立ち上がってくれたら私たちの老後も安泰ではないでしょうか?!

”神はすべての事に意味を持たす” と私は信じていて、この世のみな使命を持って生まれてきていると考えているのです。
人も、動物も、植物も、すべてのこの世のものが... 時には機械や人形さえも。

もし、この私の定規にあてはめて考えるとしたら、残虐な事件を起こしてしまう人、その被害に遭われてしまった方やその周りの方々は、神からのどんな使命を受けているのでしょうか。
神は絶対的な悪人もこの世に作られるのでしょうか。それはどんな意図があるのでしょうか。

この頃、辛い事件が毎日のようにニュースで報道されます。
その事件を起こしてしまう人と、私と、何処か人としての違いがあるのでしょうか?
時々考えて怖くなります。
私も何かのきっかけで鬼のような者になってしまう可能性があるのでしょうか?

被害に遭われた方やその周りの方々には申し訳ありませんが、いろいろ起きる事件を知ることで、自分の言動を戒め、自分にある環境に感謝する事くらいしか私には出来ません。それが私には精一杯です。

ただ、こんな小さな人間でも精一杯生きている姿が、これからを担う人たちに少しでいいからサインでも送れたらいいなぁ、と思います。

うふふ、今日もまめゆりさんのテーマにどっぷり引き込まれてしまいました。
でも、自分の想いを書きなぐっただけで、まめゆりさんに伝わるかどうかはビミョウですが... そんなの、自分のブログで書けっちゅうの!なんて言わないで〜☆

---------- assure. URL│02/28. 21:56 [ 編集 ] -----
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