映画 永遠の語らい2

さて、先日の寄り道を戻って、と。
「永遠の語らい」という映画のお話ですが、近年の映画らしく、ドヌーブがちょっと太目。これにはちょっとショック。
カメラも遠慮がちに撮ってるみたいでドヌーブのアップのカットが全然ない。
歳を重ねたドヌーブもすてきだとは思うけど、う〜〜ん、そっかぁ・・・。撮れなかったかぁ・・・。
が、ストーリーの方はラストに衝撃が走り、凍りついた。そしてドヌーブをアップにしすぎないカメラワークの理由も見終わってから分かった。…ような気がした。
歴史学者の母と小さな娘は二人で船旅をして、パイロットの夫が待つポンペイまで行く。その途中あちこちの国の港へ寄港し、史跡を訪ね歩いて歴史を旅しながら進んでゆくというストーリー。 かと思って
「そうね、平和ってのは互いに違いを認めあうことよね。うん、確かにね」
と、淡々と進むストーリーにあくびが出始めた頃、衝撃のラストを迎える。
テロによって船が爆破され、逃げ遅れた母と娘が船とともに…。
ラストに向かう、ここからがこの映画の真骨頂。
爆破の瞬間から、船が折れて崩れ、海中に沈んで消えてゆく(だろうと思われる)までをずっと、リアルな「音」だけで表現しつづける。 映像の方は、
「早く海へ飛び込むんだ! ジャンプするんだ!」
と叫んだ船長が爆破を目にした瞬間の、驚愕の表情で止まったまま。 ナレーションも一切の音楽も入らない静止画像のままでエンディングを迎える。
観る側が主体的にイメージするに十分な「時間」だけが与えられる。 その長い長い静止画像は問いかける…。
「あなたはテロというものの恐怖を認識したか? 人間が何千年もかけて守ってきた美しいものも、この瞬間の幸福も、等しく一瞬で崩れ去る。それがテロなのだ。 尊いものを守るためにあなたは何かできるのか? 何もしないでいいのか? あなたは間違っていないか?・・・」
平和な日常が突然引き裂かれる恐怖、その現実は正視できないほど残酷なもの。
それが今世界のあちこちで起きているテロの現実。
フランス映画らしい美しい映像の中に、込められた強いメッセージは強烈だった。ドヌーブの美ではなく。
今日もこうして平和を享受するだけの私は非力で、何もできない。
何もできないでいられる幸福に感謝し、この地上から争いがなくなることを祈るだけ。
