回想−クルマで走る好きな道

もひとつおまけにクルマで行っちゃいましょ!
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「クルマは好きですか?」って聞かれたら、私はたぶん「ええ、好きです」って答えるでしょう。
といっても自分でボンネットをあけてどうにかなるのはオイルの量と色、それにウィンドウォッシャー液は足りてるか? という程度。
だから、前提として「ちゃんと動き、なおかつ絶対にパンクなんかしない!」という条件のうえで「ええ、好きです」って答えになるのですが。
クルマが好きってことはたいてい、ドライブが好きっていうことと同義でしょう。
今はもう遠くへドライブすることなど、ましてや他人を乗せてのドライブなどはしません。もともと一人で走るのが好きでしたし。
見かけによらず(って、見たことない方にはわからないですよねぇ。それをイイことに
)、オートマティックよりマニュアル派なので、15、6年前までマニュアル車に乗ってました。数えてみたら現時点ではまだマニュアル暦がオートマ暦を上回っています。さらにミラーはフェンダーミラー派でもありました。でもこっちの方が見やすいし細道ですれ違うとき邪魔にならないし、お値段もサイドミラーに比べてかなり安いのです。私の住んでいる街は坂の多い、しかも比較的緩やかで長いカーブ坂の多い街です。坂道をクラッチを踏みながらギアを2速から3速、4速へと切り換えながら登るとき、手足の力加減を正確にトランスミッションに伝えるマニュアル車の加速感が好きでした。まるで自分の手足の延長のような感覚
。今はまたマニュアルブームでギザギザなレイアウトのギアをよく見かけます。とは言っても「慣れ」の問題ですからオートマに慣れてしまった今、もうマニュアルに乗るのはあきらめてます。
マニュアルで狭い街中をこちょこちょ走り回っていると、解放感が欲しくなって高速にひと乗りしたいなー、遠くへ走りたいなーと思うのはクルマ好きな人ならこの気持ち、きっとおわかりいただけると思いますが。


ガソリンがまだ100円程度の頃、仕事帰りに一区間だけ高速に乗って帰る、なんていう秘密の楽しみもありました。その方が実際早く帰れる場所でもありました。
走っていて好きだなーと思う道も、人それぞれきっとあるでしょう。

もうずいぶん何年も行ってないけれど、近場では環八から第三京浜、横横道路、藤沢湘南バイパスは好きでした。どれも神奈川県の134号線の海沿いのとある町へのルートです。
鎌倉の鶴岡八幡宮を抜けて滑川の交差点で134号線を左折して、目の前に開けた海を見ながら横須賀方面へしばらく走るのは解放感がありました。夏は朝から晩まで渋滞道路ですが。
親戚が住んでいたその海沿いの町まで、母に頼まれて休日にはよく母を乗せて泊まりに行きました。大人たちの昔話がだんだん深くなってつまらなくなると、一人で夜の134号線を横須賀あたりまで走り、海辺の瀟洒なカフェに寄ってコーヒーを飲んで戻ってくるのがいつものパターンでした
。一度だけ暴走族に両脇を囲まれて怖〜い思いをしたこともありました。前の車の後を必死でついてって事なきを得ましたけど、怖かったー(>_<)。
用事で時々走る、多摩川添いにガス橋を抜けて目黒通りへ出る裏道も好きです。夏の夕方の帰り道は川風が涼しくてとっても気持ちいい道なのです。
ナントカスカイラインなどと名前の付く有料道路も好きです。山道を登ってゆくときのマニュアル操作は両手両足をバランスよく使うスポーツみたい。クラッチ操作とギアの切り換えがトランスミッションに伝わってスムーズに登り下りできれば山道のカーブ走行は快感!!になります(^_-)-☆ もう何年も行ってないな〜
。近いのにあまり好きになれないのが首都高速。急カーブで狭くて岐路が多くて、トランポが多くて道路や矢印が見えにくいし、間違えるととんでもないところまで行かされる。
そういえば母を乗せての帰途、横浜新道から走り慣れない夜の首都高速へ入り、見事に間違えてどんでもないところへ行ったことがありました。「13号埋め立て地」、今のお台場ができる前の、海を埋め立てていた工事現場でした。
間違えたようだと気付いたものの、この道はどこへ行くんだろうねーなどと面白半分で走っているうち、だんだんこの世の果てみたいな風景になり、行き着いた先が「13号地」でした。そこは行き止まりです。そこから先は海底への道。
夜の8時ころ、そんな場所へ迷い込んだ1台の車に驚いたのは料金所のおじさん
。なにしろ乗っていたのは工事関係者ではなく女二人だったのですから。
「どうしてこんなところへ?」 「この先はちょっとわかりにくいけど、こうこうこうなってるところで折り返せるから」 「この先へは誰も行けないよ」 「気をつけてお帰りなさい」
優しいおじさんをびっくりさせてすまなかったし、夜の底みたいなところへ母を道れて来てしまったのもいけないことのような気がして、少し後悔しながら帰り道の高速に乗りました。
私がまだ20代の頃、コロナのセダンに乗っていた、今からちょっとだけ昔のお話でした(ちょっと?ずっと?)
。