はじめての銀塩白黒
tai silk

やっと、やっとね、アップできます。はじめての銀塩モノクロ写真を。

アナログ、PENTAX SPに白黒フィルムを入れて、写真を撮って、それを現像に出して、待って待ってやっと受取って、それから写真をスキャンしてデジタルデータにして、・・・あーっ、ここまでの工程と時間、長かったです(~o~)。

でも、現像から上がった写真をその場で見て、とっても新鮮に見えました。
なんていったらいいか、・・・言葉が見つからないけど、けど・・・。
けど・・・、好きっ! ってことは確か。

上のは、タイシルクのスカーフをくるくるっと巻いて室内で撮ったのと、
下のは戸外で木の芽を2枚。
ゴミも(たぶんレンズについていた)ちゃんと写ってる。だからPhotoshopみたいなソフトがあるんだって実感。

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はじめてのアナログ写真。 なんだかとっても人間臭くて、好きになった。


今日の気分はコレかな。


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追記:
カメラごとカメラ屋さんに持って行って見てもらったところ、露出計がこわれているといわれ、電池を入れるところも錆びて動かないので中で腐食しているだろうとのことでした。電池も今は同じものがないだろうとか。別売りで露出計があるらしいけど、ま、私は素人だから。

そういえばプロのカメラマンが、カメラを持っていない方の手で丸い計器をサッとかざして、それを見た後でカメラを構えるのを見たことがありますけど、まさにあれが露出計だったのですね。正確に露出をはじき出してくれるのだそうです。

露出計というのはプロの仕様なので、買うと2〜3万もするとか。確かに露出はきれいな写真を撮るための大事な要素ですが、とりあえずどうなるかもわからないのでそんなには出せません。

で、戸外の晴れの時と、曇りの時の絞りとシャッタースピードを調整してピントを合わせ、その大事な露出は勘に任せることにしました。…っていっても、初めて触るアナログカメラなのに勘が働くのかって思いますよねぇ。

ええ、働きません。さーっぱりわかりません。ですが持ってるものは勘しかないのでコレで行きますゎ!

なのでこれからはたびたび、「ププッ」って噴き出しちゃうような、怪しい写真を平気のへっちゃらでアップすることになるでしょう。 うーむ、試練だ!!

いつも遊びに来てくださる方の中にはプロのカメラマンの方もいらっしゃるし、プロでなくても概して皆さん写真の上手な方が多いです。
そんな皆様、どうぞおてやわらかに。そしてぜひいろいろご教授くださいませ。



05/31. 17:45 [ フォト ] CM18. . TOP ▲
古ーい本
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娘が本棚を整理してくれたので、思いがけず懐かしい本の背表紙を目にすることになりました。

気に入った作家のものは立て続けに読むので、本棚には懐かしい作家と書名がダーッと並んでしまうことに。
深く影響を受けた作家の本はパラッと開いて飛び込んできた1、2行で前後がつながるし、わりとあっさりスーッと読みとおしてしまったものは少し読まないと忘れてるし、すっかり忘れてしまったものも。

下の段にはいろんな詩集。 娘曰く、「いくつか読んでみたけどちんぷんかんぷんだった」。
我が家の娘たちは詩なんてあまり関心がないようです。
行間に意味があるといってもたぶんわからないだろうと決めて、話をしない私もいけないかなぁ。

その他、今では自分でもちんぷんかんぷんの本も含め、乱読タイプの書棚は全部広げればまるでどこかのバザーの古本コーナーの様相になること必至。

かなり古そうな一冊を手にとって開くと、古くていかつい書体の活字が目に飛び込んできました。
こんなに小さい字だったかと思うほど、小さくてカクカクした書体。文字の一部がかすれているのは活版印刷ということ?でしょうね。よくこんな読みにくいのを読んでたものです。

ためしに級数表(文字のサイズを測るスケールみたいなもの)をあててみると、11級(7.5ポイント)でした。今出回っている本が12級(8ポイント)。級やポイントは文字の大きさの単位です。
数字の上では小さな差ですが、この違いは大きいのです。
大きくて読みやすい文字と印刷品質、それに紙の色と質は、活字離れを食い止める絶対条件なのです。

Q数表



今日の音楽は(あれ?いつの間にシリーズ化?)、”古”つながりでコレ行ってみますかぁ(^_^)
The mamas and the papas の言わずと知れた名曲 " California dreamin "。
発売が1965年というから私はリアルタイムではなくてしばらく後になって聞いたのだと思うけど、はじめて聴いた時は鳥肌が立って涙も。
早々と解散してしまった原因は不倫が元らしい。ママ・キャス(キャス・エリオット=女性ヴォーカル)が心臓発作で亡くなったというニュースを聞いたときはショックだった。だけどこの曲は永遠に残るでしょう。これはレコード持ってます。けどプレーヤーがない(泣)。
彼らには他にも、"Monday Monday"という名曲もありました。




ニコッには弱い
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長女がお嫁に行って空いた部屋を、待ってました!とばかり、三女が使うという。

「ねぇ、今までどおり一緒に寝ようよー」という母の甘い誘いを、「いいかげんに子離れして!」と断固断って、どうやら本気で引っ越すらしい。

今日は大学もバイトも休み(?)らしく、朝もはよから窓をガラガラ、掃除機ガビューンとオン&音。

夕方6時過ぎに帰宅した私の前に現れた娘は、ちょっと汚れた半ズボンにジャージーで勇ましい出で立ち。

「ねぇ、見て見て。スゴイよっ!」
爽やかを絵にしたような充実感みなぎる笑顔。 カワユイ。クスッ。

「はいはい、どれどれ見せていただきましょうねー」
ま、成果を披露したいのはわかります。とりあえず娘の後について2階へ。

おおっ! あらぁーっ! ヒョエーッ! ングゥゥゥーーーッ! (こんくらいでいいか)

大きな家具があっちの部屋からこっちの部屋へ大移動。
ぎっしり詰まっていた本棚も、90度向きを変えているじゃありませんかっ。本もすっかりきれいになって、入れ替わったりして。
クローゼットの中は、、、あっらーっ! きれいになったこと!!

ひとりで一日中ウンウンやってたわけだ。 火事場の馬鹿力ってやつね。
教えも頼みもしないのに、なーんで似るかなぁ、こういうとこ。

まぁ、就職内定も決まったことだし、新しいスタートに
「じゃぁ、カーテンとラグは新調してあげようか」って、言っちゃった。

「買ってくれるのぉ〜。ありがとう。(ニコッ)」って、言われちゃった。

あ〜〜、予定外の出費。 だけど弱いんだなぁ、あのニコッには。


↓Skoop On Somebody の「 Sha la la」. とってもいい曲。ひと頃流行りました。
この頃出てないけどヴォーカルたけちゃん(ホントはTAKE)の高い裏声はすてき。リズムもしっかりしてる実力あるグループ。いろんなアーティストに曲を提供してもいる。
娘と私の音楽の志向はよく似ていてS.O.S.も大好き。このアルバムも買ったけど、例によって子供の誰かが持っていって今は行方不明。






雨の日のいたずら
今日は雨になりました。

雨の写真を撮りたかったから、表通りから1本裏道を通って帰ることにしました。
車はあまり通らない道。けっこう急な傾斜とカーブの下り坂の途中で、左に寄せて停車。
ウィンドウから見える外の景色は・・・。

あらら、電信柱が途中で溶けてなくなっちゃった。電線も、ぐんにゃ。

rainy day2


ガードレールふにゃ〜。遠くの大通りの渋滞は車同士がお手手つないでウェーブ作ってるみたい。人間ウェーブならぬ車ウェーブだ。バスも乗用車も遊んでるみたい。
遊んでるのは誰か? …、はい、自分でしたね。
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あーあ、 車のバンパーも。
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で、こんな日はセルジオ・メンデス&ブラジル'66の"Constant Rain"が聞きたい。Chove Chuva♪・・・。 探したけどセルメンのはなかった(泣)。
なのでこれも大好きだったまめゆり的隠れ名曲"Wichita Lineman"を。 
明日は晴れるといいな。




ただ、なんとなく。

夜、帰宅したら机の上に河野さんからコンサートの案内が届いていた。

ジャズピアニストの河野康弘さんは「冬眠ピアノお目覚め出前コンサート」という、家庭で弾かれずに眠ったままのピアノをガンガン弾いて生かしてあげよう、という企画を長年続けておられ、今は海外でも活動されている。

同時に、平和と環境問題にもずっと深い関心を持って取り組まれていて、四万十川をテーマにした美しいピアノ組曲を作曲され、自然保護の大切さを呼びかけてあちこちで活動されている、とてもパワフルな方。→クリックで河野康弘さんのホームページへ。

↓組曲「四万十川」



お風呂からあがってPCを開くと、これまたメンドーなお仕事メールがひとつ、「月末までになんとかせい」って入ってるじゃないの!

月末までって、このうえさらに…?


だ・か・ら・・・かどうかわかんないけど・・・たまにはこれでも飲もうか…。

ひさ〜〜〜〜しぶりに引っ張り出したCHIVAS REGAL 12YEARS OLD。

ウィスキーはふだん飲まないのだけど、なんとなく、ただなんとなく今夜はこれを。

香りだけはいいのだけど、そして昔はストレートでもいけたけど、今は?、、、


ギャヒーン!  ダメだこりゃ。 オン・ザ・ロックにしよっと。

なんかテンションが変てこりん。 飲んだらねまひょ。オヤスミナサーイ(-_-)zzz。。。 

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白薔薇がいっぱい♪
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今日の関東は台風の影響で強風とざあざあ降りの、朝の出勤でした。

でも、帰りにはうれしいことがありました!!

駅前のいつものお花屋さんで、ガラスケースの端っこに大きな白いバラを見つけました。
いろんなバラの中で今日は一番大きい。けどちょっと傷んでる。

でもほしいなぁ…。 

あ、1本だけきれいなのがあるっ!


1本、って言ったのにおじさんは、「300円で全部あげる」って、白いバラをこーんなにたくさんくれました。
「上手に使えばまだまだいけるよ。」


私がもらってあげないと、このバラは捨てられる運命。それはとってもしのびないことです。

重たいほどたくさんのバラを抱えて歩く家までの道。水たまりもへっちゃらだい!ってくらいうれしい。


傷んだところは整理して、大小6つの花瓶に活けました。
家じゅうのあっちこっちが、バラ、バラ、バラ・・・。フフフッ♪
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そして整理した中で、まだきれいな花びらはお風呂へ。
ちょうど娘が入っていたので
「入れる?」と聞くと 「うん、入れて〜」

ひら〜り、ひらひら〜とお風呂に浮かべると、 「わー、ゴージャスだ!」
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上手に、使えたかな?、、、使えたかな。



母の日’08
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ありがとうを言うのは私の方よ。

新生活が始まったばかりだったり、小さい子供を育てていたり、一生懸命アルバイトしたり、そんな貴重なお金を使って私のために選んでくれた品々。記念にちゃんと残しておくね。

こんなにしてもらうほど、私は母親らしいことをちゃんとしてるだろうか…。
ごめんね。 ありがとう。

みんなの好きなマライアの歌を…。 ”Whenever you call"


11年ぶりのチャレンジ
伊達公子さんが善戦してます。

報道では復帰とか復活とかと書かれていましたが、自身のブログ(詳しくは→こちらをクリック)で、
「復活でも復帰でもなく、チャレンジャーとして」テニスコートに戻ってきた、と書かれています。
一皮剥けたように爽やかな笑顔、11年ぶりのチャレンジだとか。
好きなことがあるって強いなぁ。


話題は変わりますが、11年前はどんな音楽が流行っていたかなぁと、考えてみました。といってもすぐには出てこないから、引き算。

そのとき子供たちはx歳とy歳と…。自分はz歳。あ〜、あの頃ね。

やっとつながった記憶の引き出し。私の中にはどんな音楽が流れていたかなー。
 
↓youtubeでガサゴソ探した中から見つけたドンピシャの1曲。↓
(再生ボタン▶で再生。音量は画面右下のスピーカーのボタンで。)



”All i want for christmas is you” マライア・キャリーがまだかわいい頃のこの曲は娘と私の大好きな1曲でした。

ビデオは96年に来日した東京ドームでの公演だから12年前になるけど、懐かしいので貼り付けちゃいます。

山口智子主演のテレビドラマ「29歳のクリスマス」のテーマ曲で大ヒット。真っ赤なジャケットのこのシングルCDを買ったのは覚えてる。けど今は行方不明。行先は我が家の3人娘の誰かのところ…だわね。



システムの移行
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↑ 写真:夕焼けの橋からの景色
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人間はコンピュータを制御しきれない? と、思うようなニュースが今週のはじめにありました。

×○東○xxx銀行の大規模なシステム移行時に、キャッシュカードが一部使えないトラブルで2時間余りの間に2万件の取引ができなかったというのです。移行時にトラブルはつきものですがこうも大きいと、「また?」と思ってしまいます。

ここ何年かの大規模なシステム移行時のトラブルは…、ちょっと思い出すだけでもぞろぞろ。

まずは数年前の、み○×銀行の合併でしょうか。今回よりもっとひどかったですね。なにしろスタート時点からいとも簡単にATMがストップしてしまったのですから。

肝を冷やすようなトラブルだったのが航空管制システム、空飛んでるんですもの。コントロールできずにどうすんの? と思いました。

それとJRの自動改札システム移行時に改札が通れない、っていうのもありましたね。あのときはたしか駅の改札をスルーにしてなんとか凌いだのでした。

東証のシステムダウンでも半日ほどすべての取引ができなくなってお手上げ状態のときがありました。テレビのニュースで取引状況を表示するあのグルグル回る電光掲示板が消えてシーンとして。ふだん険しい顔つきの人たちが笑顔で隣と雑談? している画像に「ふーん、この人たちもこんなふうに笑うのね…」って思いました。

こういった過去の事例から二重三重にセーフティーネットは用意されていて、リスク対策はしているのに、それでも移行時の障害は起きるのです。

コンピュータに大きく依存している現代は一度でもどこかのシステムに障害が起きれば、ネットワークはとたんにモンスターに化けてしまいます。

原因はさまざまあるのでしょうけれど、たとえ何千人の人間を投入して万全の体勢で臨んでいるつもりでも、トップの一人から末端の一人までの人間の足並みは完全には揃わないでしょう。

たとえば、その仕事に携わる人々の温度差は末端まで同じということはありえないでしょう。どこかで行き違いがあったり、どこかで詰めが甘かったり。だから調べてゆくと意外に初歩的なところや、問題点を読み切れないためのミスだったなんていうことがあるのでしょう。
とくにA社からB社にシステムの委託先が移行するような場合、より起こりやすいのではないでしょうか。
コンピュータに指示を出す側の人間に、問題点を読み取る視点や視座が欠けていれば、システムの規模が大きくなるほどミスも大きくなるわけです。ニュースになるような大きなトラブルでなくても、似たようなトラブルはたくさんあるでしょう。

うまくいって当たり前、何かあれば袋叩きという世界です。最前線でそれらを管理する立場にある人は神経をすり減らす激務で、胃が痛くなるような日々をすごすことでしょう。

それでもミスは起こるのですね。しょせん人間は過ちをおかす生き物、ということなのでしょうか。
そんなことをまたしても思ってしまったニュースでした。




焼きメレンゲ
メレンゲ

焼きメレンゲを作りました。だ〜〜い好きなお菓子です。
おいしいメレンゲを売ってるケーキ屋さんを1軒だけ知っています。やっと見つけた1軒です。

とはいえ買ってばかりもタイヘンだし、そんなに好きなら自分で作ろう、と、いうわけでネットで作り方を調べて、このところ手作りしています。
バニラエッセンスを入れた(左の)のと、ココアパウダーを入れた(右の)の、2種類。

材料は、卵白1個に対してグラニュー糖30g、
香り付けはバニラのほかに、アーモンド、紅茶(ミルで細かく挽いたもの)、コーヒーなど。

ポイントはボールを逆さにしても落ちないでツノが立つほどしっかりあわ立てた卵白に、砂糖を数回に分けて入れながらさらにあわ立ててゆくだけ。
130度くらいのオーブンで50分焼いてそのまましばらく余熱して出来上がり。

という芸の要らない、私向きのお菓子。
お砂糖の種類を変えたり、温度や焼き時間を変えたりするとまた違った食感なのだと思います。
低温でじっくり焼くのもポイントみたいです。焼きが足りないとお口の中でジュワッ、パリンという食感が出ません。

ウン、今日もまぁ、合格かな。それにしても泡の食感を出すのがむずかしい。そこが芸?


メレンゲには思い出があります。

メレンゲは子供のころ、母がよく作ってくれた色とりどりのゼリーに、とろ〜りかかっていた真っ白なふわふわ。生クリームのようでいて生クリームじゃないところがちょっとがっかりしつつ、母の工夫に愛情を感じていました。
昔は生クリームなんてそうそうたやすく手には入らなかったのでしょう。

そしてもうひとつの想い出は神田の老舗のケーキ屋「小鍛治」の缶入りスフレ。メレンゲを焼いたものをケーキ屋さんではスフレと呼ぶようですが、丸い缶にびっしり詰まった小さなスフレが大好きでこれを買ってきてくれる親戚の叔父さんとセットになってる記憶です。今は袋入りしかありません。

ところが小さいころものすごくおいしいと思っていた小鍛治のスフレを、大人になって二十数年ぶりで食べたとき、
「あれ、こんな味だったかしら・・・」 と、肩透かしを食らってしまいました。
大人になって味覚が発達したのでしょう。記憶ほど、舌は感激しなかったのです。

それからというもの、いつの間にか、記憶の中のおいしいスフレを求めてケーキ屋さんのスフレをじ〜っと見つめる習慣がついてしまいました。

見つめればおいしいかまずいかわかるのか、っていえば・・・ワカリマセン(^^ゞ。ズルッ!
ま、わかるような気はしますけどね。 
そんな気がするだけですから、買ってみて「違うじゃん!」というハズレもたくさんあります。

けれど懲りずに、またどっかで見つけるとはじ〜っと見つめて、自分のめがねに適った(←ぜんぜん アテにならないけど)スフレを買っちゃう、ということの繰りかえし。

そしてやっとめぐり合ったのが福生にある「カフェ・ド・ジャルダン」のスフレでした。ここのは「ムラング」といいます。よい香りとサクッ、パリッとした食感と、口の中でジュワーっととけて消えてゆくところが大好きです。

あー、やっぱり本物食べたくなりました。





午後の散歩 その2
おととい深夜の地震にはびっくりでした。みなさんのところは大丈夫でしたか。
私は娘と孫の寝ている部屋へ走りました。あんなに揺れたのに娘はついに起きず、親子でグースカ…。おいおい、子供を守れるの?
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公園の入り口に止まってたかっこいいバイク。後ろにはきっとかわいい彼女を乗せて走るのね。
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ローアングルで電車を撮ってみたけど、写真としてはどっちがいいのかなぁ?
こういう判断がイマイチできません。で、両方載せちゃえってことに。
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午後の散歩 その1
日暮れ前の午後、若葉がきれいな公園の森を散歩。一日の賑わいから解放され、ほっと一息ついているような木々に夕日が差し込む。昼間の明るさとはまた違って落ち着く、いい時間です。
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白い花、これは何かな? そして黄色は山吹?
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アナ・コルベロ展 その2
床に敷かれた赤い布は、血塗られた紛争中のどこかの国の地図のようでもあり、国境のようでもある。
そのうえに密に疎に置かれた少女の像は、ことごとく苦渋の表情を浮かべている。
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岩の上の、寄り添っているようにも見える二人の少女。でも近づいてみるとまさに“quarrel” 。喧嘩の真っ最中という表情でした。横向きの子がもう一人の耳元で激しく詰め寄り、一方は聞く耳を持たず“フン”といったふう。世界中に数多ある紛争のカタチ、原型とでも表現できるだろうか。
アナ・コルベロ (9)


「占有」。
植民地の歴史は占有の歴史。他人の領土を占有しようとするのは、その土地が自国にとって魅力があるから。眠っている地下資源があったり、防衛に優位な地形であったりという理由で。あるいは自国民を移住させるための領土拡大も、あるいは宗教上の理由からどうしても譲れない土地であったり。
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アナ・コルベロ (6)

アナ・コルベロ (7)

アナ・コルベロ (11)

「世界は小さい」。小さい世界を誰かが占有する(大義名分をふりかざして正義ぶっても占有したいのが目的の大国)。多くの血を流し、宗教も文化も言語すらも奪い取り、ついには民族の粛清に至る。
もしかしたら昨日、または明日、純粋な子孫を残すことなく、最後の一人が絶えて、どこかの少数民族が消滅しているかもしれない。
また反対にどこかの植民地だったものが、戦いに勝ち抜いて独自の国家として今日、誕生しているかもしれない。

そう考えると世界は小さくないようにも思えてくる。しかしほとんどが水に覆われた青い地球の、ほんの何分の一かの人が住める陸地に、急激に人口爆発した無数の人々が、ひしめき合って暮らしているという事実に、やはり変わりはない。

分つのではなく奪うしかできないのが人の性だとしたらそれはとても不幸なことだ。「足るを知る」ことと発展との折り合いをどうやってつけてゆくか、それもまた難問ではあるけれど。

けれど「足るを知る」心を持たない発展はやがて破滅するしかない、と思う。
そんなことを感じたアナ・コルベロ展でした。




アナ・コルベロ展 その1
ある建物の入り口で、2m以上はありそうな、ブロンズの巨大な少女の立像を見かけました。
突然の出現。通るたび気になって、ある日、意を決して入ってみると・・・。

アナ・コルベロというスペインの女性アーティストの展示会でした。「未来は小さい」というタイトルが掲げられていました。

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アナ・コルベロ (3)

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アナ・コルベロ (5)

アナ・コルベロ (2)

小さな少女のブロンズの彫刻が点在しています。 ところどころには詩も添えられています。

ひとつひとつは手のひらに載るほどの小ささ。それでいて発している強烈なメッセージ。

少女の姿や顔の表情は、それぞれが非常にクリアに、個別に異なるのです。けれど・・・。
けれど平和の象徴であるべき少女の、そのどれもが笑顔ではない。

笑顔を奪う愚かなもの。それは誰かの(国の)野望であったり、一握りの権力者のさらなる野心であったりする。
いつだって始まりはそうだった。決して傍らで微笑む子供のせいではない。お向かいの家の、ピアノを弾いている誰かのせいではない。仕事上のボスがどんなにいやなヤツであったとしても、彼のせいでもない。

私たちの知らないところで、権力を握る誰かが画策したことに悲しい思いをするのは市井の人々。

憎しみは負のエネルギーを増幅させる。そこから生まれるものは同じく憎悪や孤独。
そんなものは誰も望んではいないのに。


平和への願いと、人々へ向けた強い警鐘を、多くの人に見て、感じてほしい展示でした。

この展覧会はすでに、アメリカ、イギリス、レバノン、スペインで行わたとありました。日本は5月2日で終了しています。