選ぶ、選ぶ、選ぶ!
techou

そろそろ来年の手帳が出始めました

今年は例年より一回り大きいB6版(大学ノートの半分のサイズ)を使ってみました
しっかりしたカバーの両面にポケット付き。予定もたっぷり書き込めるのはいいのですが、
何せ重たい。! 通勤バッグに手帳を入れると重みがガクンと増すほどです。

こんな重たいのやめて早く軽いのに買い換えようっと

というわけで所用のついでに疲れた足にムチ打ってお隣東京駅のオフィスビルOAZOの丸善へスタコラララ…と

毎年のことながらこれが迷うの何のって。
ウロウロウロウロ絶対1時間以上迷っちゃいます

私は1ヶ月が一目で見渡せる月間タイプ派。それに一言日記を書き込むスペースとして見開きで1週間のページが付いているもの。
ただそれだけなのですが、1年間毎日のように使うものなので選ぶときはかなり真剣

この選択に失敗すると、その1年は手帳を開くたびに嫌〜な気分を我慢しなくてはなりません。
予定を書き込むとき、確認するとき、人と打ち合わせをするとき、一言日記を書くとき。日によっては何度も手にするものだからやっぱりココはこだわりどころ


見た目、手に持ったときの感触、カバーデザインや色、文字の大きさや色、紙の質や白の色味、後ろにはアドレス帳、地下鉄路線図の大きさ、それからそれから…と、それだけ見比べたってものすごく多種多様

かなり迷った末、今年と同じサイズで薄いのを1冊買い、中身だけ入れ替えて使うことにしました。
少し軽くなってホッ。

疲れも限界の足を休めがてらOAZOの1階でコーヒータイム
さっそくお初の書き込みを。真っ白な手帳に最初の一文字を書き込むときのわくわく感といったら。
・・・、・・・・・・・。 ・・・・、・・・




Jazzyな夜…
dacota

ひと月近くもほったらかしといていきなり今日は3連発アップ!
平均がとれってのね。
さてさて本日ラストのお題は……Jazzyな夜
なんかすてきでしょ

わが町に1件だけあるおしゃれなホテル、フォレストイン昭和館。
その10階にあるバーラウンジ(とでもいうのでしょうか?)「ダコタ」へ、8人でドドドッとジャズを聴きに行ってきました。

毎週月曜日は「Monday Jazz Night」といって週代わりでいろんなプレーヤーの生演奏を楽しめることになってるんです。
その夜はモダンジャズっぽいナンバーで、ピアノとトランペットとベースギターの若い男性トリオでした。
なかでもトランペットがかなり良かったです

3000円そこそこでお腹も満たせて、カクテルの2杯も飲んで、しかもミュージックチャージフリーというからウレシイです

ライブハウスだと狭い空間でステージと客席が密着しているので、聞き方作法みたいなのもちょっとは気にしないといけないのでしょうが、こちらはホテルのラウンジ。
ジャズの生演奏はバックミュージックとして聞かせていただいてもOKのようで(OKにしちゃった?)、プレーヤーにあまり気を使うことなくおしゃべりやお酒を楽しんだりできるところがゆったりしていて心地よい。ホテルだからサービスもGood!

そして極めつけは10階からの夜景でしょう。遠く近く街の灯かりをガラス越しに眺めながらグラスを傾ければ、隣の福生市に広がる横田ベースの滑走路を照らすオレンジライトがグラスに映り込む。

ぼんやり眺めていたらちょうどセスナらしい小さいのが一機、飛び立った。
すてきなジャズと夜景に気分はすっかり ジェットストリーム ってとこでしょうか。

 遠い地平線が消えて、ふかぶかとした夜の闇に心を休める時、
 はるか雲海の上を音もなく流れ去る気流は、
 たゆみない宇宙の営みを告げています。


…なはははは。突然城達也のナレーションなんか入っちゃったりはしません。そんなロマンチックはありませんですね。ハイ。
なんたってこのたび8人でドドドッですから。
仕事の話なんぞもはじまってましたですからね。

というわけで、にぎやかでもしっとりでもJazzyな夜を楽しめるおすすめスポットです。
皆さんもぜひ一度おでかけになってみては?
↓↓ダコタ
http://www.showakan.co.jp/restaurant/rt_dakota.html




亀田家騒動
potos

このところの亀田家騒動が続いている。
いったいいつになったら終わるんだろうと思っていたら、亀田家の長男が謝罪記者会見をしていた。

心無い記者たちの質問に84分もさらされている興毅君はしかし逃げもせず、重箱の隅をつつくような総攻撃に一人で立ち向かった。

世界チャンピオンとしての意地と誇りを感じさせた。
こんなことで潰されるような彼ではないことを、図らずも証明してみせた。

えげつない、ネチネチとした、いじめとしかいいようのない記者たちの浴びせる誘導尋問はこれでもかと続く。
どうしても泣かせたいのか、泣き出したらいっせいにフラッシュを浴びせようと待ち構える情ない大人たちを前に、必死でこらえながらしかし自分の言葉で対峙した姿は立派に見えた。

まだ二十歳の若者に寄ってたかって禿タカのようにつっつくテレビのレポーターには良心のかけらも、知性のかけらもない感じられない。
彼らもまた組織の命令で動いているから仕方ないということなのだろうか。しかし口から出る言葉はその人のもの。やはり人間性を疑ってしまう。

父親のことに言及されるとぐっと言葉に詰まって懸命に涙をこらえる。その姿さえも演出ではないかと言い放つ司会者。

今日のメディアは完全に負け。レポーターは恥知らずで賎しい存在に見えた。
彼らの言い分はいつも「視聴者が知りたがっているからレポートするのだ」と大義名分をそれらしく振りかざす。誰もがそこまで知りたいと思っているわけではないのに。

周囲も本人たちもどこかでボタンを掛け違えてしまったのだろう。処分も受けた。間違えたことへの反省が済んだなら出直せばよい。それだけのことだと思うのだが。



カウントダウン・2ヶ月
minibara

追いまくられの毎日でひさびさの更新となりました。拙いブログを読んでくださっている方にはごぶさたで申し訳ないです。ゴメンナサイ!

バッタバッタと一日が過ぎて行きます。
まあドタバタしているのは10月ばかりではないし、今年は春から仕事上いろいろな変化があって、いつにも増してドタバタと過ぎていったわけですが、気が付けばあと2ヶ月ちょっとで今年も終わりじゃないですか! もうカウントダウン開始ですよ。1年が早い!

体育の日も、結婚記念日もすでに卒業した私ですが、子供たちの誕生日だけはナントカ。
我が家では子供の誕生日が7月末から11月初旬までに集中しています。孫までも。あ、夫もでした
なのでその間5,6回はみんなの大好きな福生のケーキ屋さんにケーキを予約し、いつも私を支えてくれることに感謝の気持ちを、というわけで出費も大

それでも誕生日には明かりを消してケーキのローソクをふぅーっと吹き消し、夫の
「はい、拍手ぅー」の声につづく拍手と、みんなの
「おめでとう」
の言葉にちょっとはにかむ笑顔は、いくつになっても可愛くて

このごろは帰宅時間もバラバラだからおめでとうの声も少なかったり、「ありがとう」の代わりに「どーもー」なんて言ったり。

ま、それでもいいんですけど、今ここに在ることに感謝を忘れず、自分を磨いて成長してねと願いを込めてケーキを切り分けます。

そうだ、今月も30日に一人いるんでした。予約しなくちゃ





もっと怒らなきゃ。。。
ミャンマーでは僧侶が先頭に立って軍事政権に対する抗議のデモをしているニュースには「えっ、お坊さんが?」と驚いた。
仏教国のミャンマーでは大切にされているはずの僧侶が、街に出て講義のデモをするなんて。あまりにも横暴な軍のやり方に苦しむ市民をこれ以上見ていられなかったのでしょうか。石油の値段をいきなり5倍にするって権力を持った者のやることはどこでも無茶苦茶。

さらに軍は僧院を襲って僧侶を殺したという。映像に映し出されるのは破壊され尽くした悲惨な現場。デモに参加した僧侶を捉えて一般人の服に無理やり着替えさせて暴行を加えているというニュースも。

そんな中デモを撮影していた日本人のジャーナリスト長井さんが至近距離から打たれて倒れる衝撃的な映像が、この何日か繰り返しテレビのニュースで流れる。
大きな男の人だからなおさら異様な衝撃が伝わってくる。インタビューに答える母親が
「行かないでって言っても聞かないで、行ってしまった…」
と皺深い手で着ている服を握りしめた。

民間人が、しかも外国人を政府が殺すなんてことがあっていいはずはない。単に巻き込まれたのでも事故でもない、それとわかって狙うなんて。ましてそのときのカメラは遺品の中には無かったという。返還して公開されたら困る様な映像だったってことでしょう。

国連のガンバリ特使がミャンマー入りして、10年以上も軟禁状態のアウン・サン・スーチーさんとも会ったという。事態は今後どうなるのか。
非暴力民主化運動のリーダーで美しいスーチーさんが彗星のように出て来たときは確かあの国は希望に燃えているように見えていた。
やがてノーベル平和賞までもらったスーチーさんを軍が軟禁するという異常事態が起きて、それ以来スーチーさんの自宅前でよほど激しいぶつかり合いでもない限りあまりニュースは入ってこなくなった。
日本が行っている大量の資金援助はご多分に漏れず民主化されていない国においては軍の一部の私腹をこやすために使われ、本当に必要な救済や子供たちの教育には届いていないのだろう。
自国民が飢え死んでいるというのに、自分の誕生日は美食と花と人で広場を埋め尽くす狂乱を恥もなく繰り返すかの領袖の国もまた。

我々の大事なお金は事実上こんな横暴な人たちにどっかどっかとつぎ込まれているわけで、そのうえ彼らによって自分の国の国民を殺されたということに日本はどう決着をつけるのだろう。

思うだけで何もできないが、そして長井さんのご冥福をお祈りするのはもちろんだが、私たちはもっと真剣に怒らなければいけないんじゃないのかしらと思ってしまう。
援助なんてもとよりスーチーさんが望んでいる形でできているわけでもなし。

この事件もじきに誰も見向きもしなくなるのだろうか。長井さんのお母さんの、握りしめたあの手は私の心にずっと永く残るような気がしている。その無念さは子供を守る母親そのもの。
自分の国の、人ひとりもまともに守れない国を世界はじっと見ているのでしょうね。
悪い芽にならないといいな、と思う事件のひとつのような気がします。

社保庁に好き勝手されて毎度お口あんぐりな答弁聞かされて、怒りを通り越して鈍感になってしまってるのかも知れないですね、私たちは。
ミャンマーのことなんて年金のことよりずっと遠いことに思えるから?… いえいえ、それはマズイですよ。絶対にマズイ。遠くて近いことってたくさんあります。