まめゆりノート

まめゆりノートへようこそ。 流れる水の如く何処から来たりて何処へと赴かん。 ブログの行方もまた然り。

11年ぶりのチャレンジ

伊達公子さんが善戦してます。

報道では復帰とか復活とかと書かれていましたが、自身のブログ(詳しくは→こちらをクリック)で、
「復活でも復帰でもなく、チャレンジャーとして」テニスコートに戻ってきた、と書かれています。
一皮剥けたように爽やかな笑顔、11年ぶりのチャレンジだとか。
好きなことがあるって強いなぁ。


話題は変わりますが、11年前はどんな音楽が流行っていたかなぁと、考えてみました。といってもすぐには出てこないから、引き算。

そのとき子供たちはx歳とy歳と…。自分はz歳。あ〜、あの頃ね。

やっとつながった記憶の引き出し。私の中にはどんな音楽が流れていたかなー。
 
↓youtubeでガサゴソ探した中から見つけたドンピシャの1曲。↓
(再生ボタン▶で再生。音量は画面右下のスピーカーのボタンで。)



”All i want for christmas is you” マライア・キャリーがまだかわいい頃のこの曲は娘と私の大好きな1曲でした。

ビデオは96年に来日した東京ドームでの公演だから12年前になるけど、懐かしいので貼り付けちゃいます。

山口智子主演のテレビドラマ「29歳のクリスマス」のテーマ曲で大ヒット。真っ赤なジャケットのこのシングルCDを買ったのは覚えてる。けど今は行方不明。行先は我が家の3人娘の誰かのところ…だわね。

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システムの移行

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↑ 写真:夕焼けの橋からの景色
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人間はコンピュータを制御しきれない? と、思うようなニュースが今週のはじめにありました。

×○東○xxx銀行の大規模なシステム移行時に、キャッシュカードが一部使えないトラブルで2時間余りの間に2万件の取引ができなかったというのです。移行時にトラブルはつきものですがこうも大きいと、「また?」と思ってしまいます。

ここ何年かの大規模なシステム移行時のトラブルは…、ちょっと思い出すだけでもぞろぞろ。

まずは数年前の、み○×銀行の合併でしょうか。今回よりもっとひどかったですね。なにしろスタート時点からいとも簡単にATMがストップしてしまったのですから。

肝を冷やすようなトラブルだったのが航空管制システム、空飛んでるんですもの。コントロールできずにどうすんの? と思いました。

それとJRの自動改札システム移行時に改札が通れない、っていうのもありましたね。あのときはたしか駅の改札をスルーにしてなんとか凌いだのでした。

東証のシステムダウンでも半日ほどすべての取引ができなくなってお手上げ状態のときがありました。テレビのニュースで取引状況を表示するあのグルグル回る電光掲示板が消えてシーンとして。ふだん険しい顔つきの人たちが笑顔で隣と雑談? している画像に「ふーん、この人たちもこんなふうに笑うのね…」って思いました。

こういった過去の事例から二重三重にセーフティーネットは用意されていて、リスク対策はしているのに、それでも移行時の障害は起きるのです。

コンピュータに大きく依存している現代は一度でもどこかのシステムに障害が起きれば、ネットワークはとたんにモンスターに化けてしまいます。

原因はさまざまあるのでしょうけれど、たとえ何千人の人間を投入して万全の体勢で臨んでいるつもりでも、トップの一人から末端の一人までの人間の足並みは完全には揃わないでしょう。

たとえば、その仕事に携わる人々の温度差は末端まで同じということはありえないでしょう。どこかで行き違いがあったり、どこかで詰めが甘かったり。だから調べてゆくと意外に初歩的なところや、問題点を読み切れないためのミスだったなんていうことがあるのでしょう。
とくにA社からB社にシステムの委託先が移行するような場合、より起こりやすいのではないでしょうか。
コンピュータに指示を出す側の人間に、問題点を読み取る視点や視座が欠けていれば、システムの規模が大きくなるほどミスも大きくなるわけです。ニュースになるような大きなトラブルでなくても、似たようなトラブルはたくさんあるでしょう。

うまくいって当たり前、何かあれば袋叩きという世界です。最前線でそれらを管理する立場にある人は神経をすり減らす激務で、胃が痛くなるような日々をすごすことでしょう。

それでもミスは起こるのですね。しょせん人間は過ちをおかす生き物、ということなのでしょうか。
そんなことをまたしても思ってしまったニュースでした。


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焼きメレンゲ

メレンゲ

焼きメレンゲを作りました。だ〜〜い好きなお菓子です。
おいしいメレンゲを売ってるケーキ屋さんを1軒だけ知っています。やっと見つけた1軒です。

とはいえ買ってばかりもタイヘンだし、そんなに好きなら自分で作ろう、と、いうわけでネットで作り方を調べて、このところ手作りしています。
バニラエッセンスを入れた(左の)のと、ココアパウダーを入れた(右の)の、2種類。

材料は、卵白1個に対してグラニュー糖30g、
香り付けはバニラのほかに、アーモンド、紅茶(ミルで細かく挽いたもの)、コーヒーなど。

ポイントはボールを逆さにしても落ちないでツノが立つほどしっかりあわ立てた卵白に、砂糖を数回に分けて入れながらさらにあわ立ててゆくだけ。
130度くらいのオーブンで50分焼いてそのまましばらく余熱して出来上がり。

という芸の要らない、私向きのお菓子。
お砂糖の種類を変えたり、温度や焼き時間を変えたりするとまた違った食感なのだと思います。
低温でじっくり焼くのもポイントみたいです。焼きが足りないとお口の中でジュワッ、パリンという食感が出ません。

ウン、今日もまぁ、合格かな。それにしても泡の食感を出すのがむずかしい。そこが芸?


メレンゲには思い出があります。

メレンゲは子供のころ、母がよく作ってくれた色とりどりのゼリーに、とろ〜りかかっていた真っ白なふわふわ。生クリームのようでいて生クリームじゃないところがちょっとがっかりしつつ、母の工夫に愛情を感じていました。
昔は生クリームなんてそうそうたやすく手には入らなかったのでしょう。

そしてもうひとつの想い出は神田の老舗のケーキ屋「小鍛治」の缶入りスフレ。メレンゲを焼いたものをケーキ屋さんではスフレと呼ぶようですが、丸い缶にびっしり詰まった小さなスフレが大好きでこれを買ってきてくれる親戚の叔父さんとセットになってる記憶です。今は袋入りしかありません。

ところが小さいころものすごくおいしいと思っていた小鍛治のスフレを、大人になって二十数年ぶりで食べたとき、
「あれ、こんな味だったかしら・・・」 と、肩透かしを食らってしまいました。
大人になって味覚が発達したのでしょう。記憶ほど、舌は感激しなかったのです。

それからというもの、いつの間にか、記憶の中のおいしいスフレを求めてケーキ屋さんのスフレをじ〜っと見つめる習慣がついてしまいました。

見つめればおいしいかまずいかわかるのか、っていえば・・・ワカリマセン(^^ゞ。ズルッ!
ま、わかるような気はしますけどね。 
そんな気がするだけですから、買ってみて「違うじゃん!」というハズレもたくさんあります。

けれど懲りずに、またどっかで見つけるとはじ〜っと見つめて、自分のめがねに適った(←ぜんぜん アテにならないけど)スフレを買っちゃう、ということの繰りかえし。

そしてやっとめぐり合ったのが福生にある「カフェ・ド・ジャルダン」のスフレでした。ここのは「ムラング」といいます。よい香りとサクッ、パリッとした食感と、口の中でジュワーっととけて消えてゆくところが大好きです。

あー、やっぱり本物食べたくなりました。



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午後の散歩 その2

おととい深夜の地震にはびっくりでした。みなさんのところは大丈夫でしたか。
私は娘と孫の寝ている部屋へ走りました。あんなに揺れたのに娘はついに起きず、親子でグースカ…。おいおい、子供を守れるの?
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公園の入り口に止まってたかっこいいバイク。後ろにはきっとかわいい彼女を乗せて走るのね。
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ローアングルで電車を撮ってみたけど、写真としてはどっちがいいのかなぁ?
こういう判断がイマイチできません。で、両方載せちゃえってことに。
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午後の散歩 その1

日暮れ前の午後、若葉がきれいな公園の森を散歩。一日の賑わいから解放され、ほっと一息ついているような木々に夕日が差し込む。昼間の明るさとはまた違って落ち着く、いい時間です。
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白い花、これは何かな? そして黄色は山吹?
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アナ・コルベロ展 その2

床に敷かれた赤い布は、血塗られた紛争中のどこかの国の地図のようでもあり、国境のようでもある。
そのうえに密に疎に置かれた少女の像は、ことごとく苦渋の表情を浮かべている。
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岩の上の、寄り添っているようにも見える二人の少女。でも近づいてみるとまさに“quarrel” 。喧嘩の真っ最中という表情でした。横向きの子がもう一人の耳元で激しく詰め寄り、一方は聞く耳を持たず“フン”といったふう。世界中に数多ある紛争のカタチ、原型とでも表現できるだろうか。
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「占有」。
植民地の歴史は占有の歴史。他人の領土を占有しようとするのは、その土地が自国にとって魅力があるから。眠っている地下資源があったり、防衛に優位な地形であったりという理由で。あるいは自国民を移住させるための領土拡大も、あるいは宗教上の理由からどうしても譲れない土地であったり。
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「世界は小さい」。小さい世界を誰かが占有する(大義名分をふりかざして正義ぶっても占有したいのが目的の大国)。多くの血を流し、宗教も文化も言語すらも奪い取り、ついには民族の粛清に至る。
もしかしたら昨日、または明日、純粋な子孫を残すことなく、最後の一人が絶えて、どこかの少数民族が消滅しているかもしれない。
また反対にどこかの植民地だったものが、戦いに勝ち抜いて独自の国家として今日、誕生しているかもしれない。

そう考えると世界は小さくないようにも思えてくる。しかしほとんどが水に覆われた青い地球の、ほんの何分の一かの人が住める陸地に、急激に人口爆発した無数の人々が、ひしめき合って暮らしているという事実に、やはり変わりはない。

分つのではなく奪うしかできないのが人の性だとしたらそれはとても不幸なことだ。「足るを知る」ことと発展との折り合いをどうやってつけてゆくか、それもまた難問ではあるけれど。

けれど「足るを知る」心を持たない発展はやがて破滅するしかない、と思う。
そんなことを感じたアナ・コルベロ展でした。


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アナ・コルベロ展 その1

ある建物の入り口で、2m以上はありそうな、ブロンズの巨大な少女の立像を見かけました。
突然の出現。通るたび気になって、ある日、意を決して入ってみると・・・。

アナ・コルベロというスペインの女性アーティストの展示会でした。「未来は小さい」というタイトルが掲げられていました。

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小さな少女のブロンズの彫刻が点在しています。 ところどころには詩も添えられています。

ひとつひとつは手のひらに載るほどの小ささ。それでいて発している強烈なメッセージ。

少女の姿や顔の表情は、それぞれが非常にクリアに、個別に異なるのです。けれど・・・。
けれど平和の象徴であるべき少女の、そのどれもが笑顔ではない。

笑顔を奪う愚かなもの。それは誰かの(国の)野望であったり、一握りの権力者のさらなる野心であったりする。
いつだって始まりはそうだった。決して傍らで微笑む子供のせいではない。お向かいの家の、ピアノを弾いている誰かのせいではない。仕事上のボスがどんなにいやなヤツであったとしても、彼のせいでもない。

私たちの知らないところで、権力を握る誰かが画策したことに悲しい思いをするのは市井の人々。

憎しみは負のエネルギーを増幅させる。そこから生まれるものは同じく憎悪や孤独。
そんなものは誰も望んではいないのに。


平和への願いと、人々へ向けた強い警鐘を、多くの人に見て、感じてほしい展示でした。

この展覧会はすでに、アメリカ、イギリス、レバノン、スペインで行わたとありました。日本は5月2日で終了しています。


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PENTAX SP一眼レフ

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これは夫の昔のカメラ、PENTAX SPORTS MATIC。もちろんアナログカメラ。

ジュラルミンのケースに入ってるだけじゃかわいそう…。」と言ったら、

使えばー」。

というわけで出してきたけど、何がどこへ、どうくっつくのやら?? 
カラーのフィルター(らしきもの)4枚、透明のフィルターも1枚、望遠(らしき)レンズ2個、雨用のレンズキャップ1個。
で、これをどうしろと…?

どうやってレンズつけるのか、わかんなーい。」と言ったら、

マニュアル読めばー」 

まぁ、そうだけど、…。
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ふーん、こうなるんだ。  重いっ!!
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猫に小判にはならないように、ガンバロウ・・・という気が今はあんまり、、、無い。
でも、「カシャッ」っていうシャッター音は、…いいゎ。

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信州の思い出 その3

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今日は信州の〆です。山の恵みをお料理。
ラディッシュ、こんなにたくさんあって100円! 実はサラダにしました。
葉っぱはゆでて、”胡麻和え”に。 あ〜、でも胡麻をたくさん摺りすぎた。胡麻だらけ。
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「山独活は捨てるところがないのよ」という彼女に教わって、"山独活の皮のキンピラ"。
皮に独活の細い毛がついててもOK。細切りにして普通のキンピラ風に作ります。
これが、よい香りもあってとってもおいしかった。
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あとは定番の"酢味噌和え"。あくがなくておいしーい。
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そしても一度出しちゃう、"山独活の穂先の天ぷら"。
これは最高! ほろ苦さがたまりません。
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山の幸はこのほかに巨大なしいたけがあったのです。ゆうに10センチは超える大きさ。
グリルで焦げ目が付くくらいに焼いて、アツアツにお醤油をさっと回しかけ、レモンを絞ってレモン汁をかけていただくのです。
もう、これも最高! 写真撮るを忘れてみんなでペロリンと食べてしまいました。

フーッ。お腹いっぱい。ごちそうさまでした。

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信州の思い出 その2

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「夕方の新幹線までにもう一つ別の温泉へ行こう!」

彼女がそういって2日目に連れて行ってくれたのは「びんぐしの湯 湯さん館」という温泉でした。千曲川に沿ってしばらく走り、途中からぐーんと山を登った高いところにあります。

真昼の露天風呂から眺めた雄大な景色といったら!! 青い空にぽっかり浮かんだ白い雲、遠く近く連なる山並みと、山すそに広がる街までも見渡せます。

あー、なんてすてきなんでしょ。雑誌に載ってるのみたい・・・。

異次元にワープしてるぞー、真昼の露天風呂だぞー。目をつぶってゆーったり、…、…。

ひゃっ! 一瞬、置いてきた仕事が頭を掠めた。こんないい時だっていうのにダメ、ダメよ。
ブルブルッと頭を振って、そんな無粋なもんは「お湯に流してしまえーっ」。


帰り道、室賀の里でたくさんの鯉のぼりが広い田んぼを横断するように泳いでいる景色。何かで見たことはあるけど実際に見るのはたぶんはじめて。私には何でも珍しいから、カメラ、カメラ…と。
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写真を撮ろうとしていたら、手押し車をコトコト押してこちらへやってくる小さなおばあちゃん発見。

「こんにちは、お散歩ですか」
と声をかけると、道の真ん中で手押し車を器用に折り返して椅子にし、その上へちょこんと腰掛けてしまった。車が来ないことはおばあちゃんがよく知っているんでしょう。
「歩けなくなるから歩け!って医者に脅されてるんだぁ」
と、楽しそうに話す笑顔のかわいいおばあちゃんでした。

鯉のぼりをバックにしてあの笑顔を撮らせてもらえばよかった、と後から後悔。もっと写真を撮ることに慣れてくれば、こういう出会いのタイミングを逃さず、自分の中にシャッターチャンスをイメージできるようになるのかなぁ、なりたいな。
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上田へ戻る途中、どうしても千曲川が見たくて、国道をわき道に入った川のほとりで車を停めてもらいました。
島崎藤村の「古城のほとり」に詠まれた千曲川。この詩を辿るようにして小諸の懐古園から千曲川のほとりを歩いたのは20代の半ば頃だった。千曲川は大好きな川です。
第一連だけ・・・。

  小諸なる古城のほとり  雲白く遊子悲しむ
  緑なすはこべは萌えず  若草も藉くによしなし
  しろがねの衾(ふすま)の岡辺  日に溶けて淡雪流る

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さてと、小さな旅の終わりです。明日からの覚悟を決めて、留守番組におみやげを買って、来たときと同じように列車を4本乗り換えて帰途に着きました。

K子さんとご主人のお心遣いに感謝です。ありがとうございました。
きのうアップした記事へ寄せてくださったあたたかいコメントの数々にも感謝です。ありがとうございました。
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追記:現地で買った山うどの、「ここらへんから切るんだよ」とご主人に教えていただいたように、葉っぱから付け根までを切って天ぷらにし、岩塩でいただきました。とってもいい香りでおいしかったです。重たいけどやっぱりもう一束買ってくればよかったー(>_<)。
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